NO BASE HENOKO TOKYO

毎週水曜日19:00~三鷹駅南口で僕と握手!

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辺野古から晋くんが東京に来て報告会をやりました!
『辺野古だよ全員集合!海が呼ぶ空が呼ぶ!
        Tomita Makes Revolution! 2007 summer』を開催!
(晋くん報告を最後に掲載要チェックや)
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晋くん報告(あとで全文載せます)

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M仲の慣れない司会

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若者だけで集まって何ができるか討論

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次回につづく


現状報告(8月14日東京)

★辺野古基地建設のこの間の状況。


沖縄、辺野古への日米政府による新基地建設計画は今までに二度に渡って命を守る会を中心として名護市民・沖縄県民・全国・全世界の力によって阻止されてきました。

97年名護市民投票勝利と2003年~2005年にかけての海上阻止行動勝利は05年にリーフ上基地建設案を白紙撤回にさせるという歴史的な事態を生み出しました。

世界最強の軍事力と経済力を誇ってきた日米政府に本当に少数でありながら世界中の支持を集め、10年間の闘いを継続してきた辺野古「命を守る会」は勝利してきたのです。

「基地建設いらない」は沖縄県民の総意と言っても過言ではありません。にも、関わらず日米政府は辺野古基地建設に執着し、05年11月には「V字型基地建設」を発表、2007年5月18日に再度、辺野古へと襲い掛かってきました。

この事態に対して私たちは06年3月5日に「基地建設反対県民大会」を開催し、県知事の不参加やあらゆる妨害にあいながら宜野湾海浜公園に3万5千人が集まりました。95年少女暴行事件の県民大会10万人集会以来の規模での集会となり、「基地建設阻止」は沖縄の総意であり、いざ辺野古での阻止行動にはこの3万5千人が結集することが確認されました。

そして07年5月18日からは海上自衛隊「ぶんご」の投入、海上保安庁による卑劣な弾圧、「情報の不開示」という状況のなかで阻止船・カヌーを出航させ、阻止行動を展開して懸命な抵抗を開始しています。

★日本全体の状況

今、日本政府は50年代のレッドパージ、80年代の国鉄民営化以来の大攻撃に乗り出しています。
小泉政権による「郵政民営化」「有事法制成立」を皮切りに安部政権発足以後は「戦後レジームからの脱却」と「美しい国づくり」を掲げ、「憲法9条の改悪・国民投票法の成立」「教科書の改ざん」「教員免許制度の導入」「公務員バッシング」「アジア諸国に対するバッシング」などなど幾つもの法律の改悪に乗り出しています。

特に鉄道・郵便・教育・行政の職場で働く人間達に「公の精神」を強制し、戦時体制の枠を急速に形成するために躍起になっています。しかもそれを主導しているのはCANON会長である御手洗氏を中心とする経済界の重鎮「経団連」だと言われています。
戦争に向かう時、必ず資本や経済、利益を最優先とする人間達が表に出てきます。それを体言する存在と言えます。

沖縄ではこの攻撃もさることながら米軍再編の名の下に「辺野古基地建設」「東村高江ヘリパッド建設」「浦添軍港建設」「那覇空港の軍事化」「キャンプ・ハンセン演習場建設」「下地島滑走路軍事化」「レンジ4市街戦訓練場建設」「自衛隊との共同使用」「教科書から集団自決の事実を削除」と挙げただけでもものすごい状況にさらされています。

★「集団自決の事実削除」に対する沖縄の怒りと辺野古。

政府は沖縄に「抵抗しても無駄だ、あきらめろ」と企業新聞を通してプロパガンダを行っています。この状況だけを見れば確かに絶望的にも見えるでしょう。しかし、そうではまったくないということをはっきりさせなければいけません。忘れてはいけないのは辺野古基地建設は二度、私達に阻止され、「集団自決の削除」に対する沖縄の怒りは留まるところを知らないということです。

高教祖・沖教祖(高校・小学校の教職員組合)の400人集会を皮切りに6月9日(07年)の県民大会では3600人が県庁前に集まりました。
「沖縄が言っていることは嘘だ。集団自決は軍命ではなかった。」と政府はでっち上げられた裁判(岩波裁判)をもとに言ったのです。
座間味島80代のおばぁが「兄は『軍からの命令が下った』と言っていた」と決定的な証言をしています。開きたくない忌まわしい記憶を再度、蘇らせ話さなければならない沖縄のおじぃ、おばぁの怒りを政府は「嘘だ」と!冗談ではない!

参議院選挙の際には自民党中川幹事長が来沖し、「申訳ありませんでした。私達が責任を持って教科書に集団自決の事実を入れます。」などと申し開きをしています。自分達で教科書を改ざんしておいてよく言う。と沖縄では呆れた声が聞こえてきています。

41もの市町村議会で「教科書検定撤回」の決議があがり、「県議会」でも採択されました。県議会が政府に対して教科書検定の撤回を申し入れるとなんと二度に渡り政府は「門前払い」をしています。沖縄全体から怒りがあふれ出てくるようです。これに対し、「10万人規模の大県民大会を!」という声が上がっています。

このような沖縄の怒りは自然発生的に生まれたわけではないこともはっきりさせなければなりません。
沖縄の高教祖や沖教祖の組合員の人々が自分達の職場で議論をし続け、PTAや地域における三線会・青年会・老人会など沖縄全土で議論を無数に繰り返し、全国を駆け回りこの怒りに正しく火をつけたのです。だからこそこのような状況を生み出したのだと言えます。
「10万人県民大会」の開催という動きを見ればいかにこの闘いが計画的なのかを伺わせています。「県民大会に出席を拒んでいた」県知事もでざるを得ない状況になっています。

「政府から売られた喧嘩は高教祖が買ってやる!相手に不足はない、やってやろうじゃないか!」と集会でも怒りの発言が飛び出していました。組合員数約3000人の高教祖が組織の存亡と誇りをかけて立ち上がった結果、沖縄130万県民を牽引していることは事実です。
そしてこれが「沖縄問題」などではなく、全国の教員、全ての人々に自分達が当事者であると受け止めて欲しいのです。このような教科書がまかり通れば全国の教育現場で「沖縄はうそを言っている。軍命などではなく、自ら命を差し出した。」と教えることになるのです。自分の問題として声をあげていただきたいと思います。 そして一番重要なことは「戦争は学校から始まる」という戦争を起こすための原則を安部政権は実践し、「戦場に再び子供達を送るな」と掲げ続けてきた沖縄の高教祖・沖教祖を潰すために刃を向けた。にも関わらず、それが逆に安部政権の喉下につきつけられているということです。そういう力を教員は、もしくは人々は持っているということです。
高教祖は現在、松田委員長を先頭に「呼ばれればどこへでも行きます。」と公言しています。ぜひ、各地に呼んでいただきたいと考えています。

もう一つ、6月9日3600人が集まった「沖縄戦の歴史歪曲を許さない!沖縄県民大会」その日に政府は辺野古での作業を強行し続けました。県民大会などの大きな集会がある時は今まで作業はしませんでした。これは政府が130万県民を牽引する闘いが辺野古と共に「教科書」という形で燃え上がっており、その二つが結びついたときの力を危惧したのだと感じています。

逆に言えば、「職場」という社会の歯車を動かす人々と辺野古が結びついたときに政府は一秒も呼吸することは許されない。基地建設は阻止され、私達が世界を変えるときがくるのです。

★東村高江ヘリパッド建設阻止の現状。(知っている範囲・聞いた範囲で。)

現在、辺野古からさらに北部、40分も行ったところに東村高江という地域があります。山亀やヤンバルクイナ、ノグチゲラが息づき、蛍が飛び回る手付かずの自然が残る森がある場所です。いま有名になっている「スローライフ」の代表的な土地とも言われています。

そんな場所に北部訓練場という広大な米軍の演習地が存在し、日米両政府はさらに「ヘリパッド建設を行う」と住民に通告してきました。
環境アセス法(環境影響評価法)を住民の意見を聞かず、ヘリパッド建設に”お墨付き”を与えるためだけに行いました。07年7月3日、早朝未明に作業を強行着工しました。その日から座り込みが開始され、高江住民を中心に県内全域から高江現地へと駆けつけています。
高江区民は現在100%がヘリパッド建設に反対しています。しかし、政府による切り崩しも始まっているようです。

「ブロッコリーの森を守る会」に入っている地元の人たちや名護、那覇の人たちで連日の座り込みを続けています。
24時間での座り込みが続き、4つあるゲートを夜、一人ずつで阻止するということも日常的です。那覇からは技術的に遠いということもありますが、県内・全国での認知度がまだまだ低いと感じています。

4つのゲートはそれぞれ柵が設けられています。現在、中では道路舗装のために伐採する木の選定を行っているようです。大きなダンプやユンボなんかは完全に阻止され、中に入れてはいません。中側に作ろうとした現場事務所用の資材の搬入も「ブロッコリーの会」に阻止されつづけています。

私個人は辺野古に張り付かなければならないのでほとんど高江には行けていません。本当に申し訳ない気持ちを抱えながら、このような状況を変えるためには仲間を地道に増やしていく他にはないと切り替えています。

★社会保険庁の年金問題と辺野古。
 
★辺野古の現状とこれから。


現在の辺野古は現況調査(実質、基地建設着工)を阻止するために連日、海上での攻防が続いています。前回の闘いに引き続いて防衛施設局の主導による暴力的な作業が行われています。

その最中、海上の闘いを先頭で頑張っておられる平良夏芽さんが海中での阻止行動中に空気ボンベのバルブを閉められるという事件が発生しました。

殺人未遂とも言えるこの蛮行に沖縄中から怒りの声が上がっています。私達は再三にわたり、施設局に対しこの事件への謝罪を要求していますが、施設局は「そんな事実はない。でたらめだ。」と言い、開き直り続けています。

この現況調査はさきほども申し上げたとおり07年5月18日に海上自衛隊掃海母艦「ぶんご」を投入し、海上保安庁の卑劣な弾圧のもとで強行されています。

この時は政府が教科書から「集団自決」の事実を削除し、沖縄から怒りが湧き起こり、憲法9条改悪のための国民投票法が国会で成立した時期でした。

まるで沖縄の怒りをさかなでるようにして行われた暴挙です。そして自衛隊の投入はその瞬間に沖縄、日本の歴史を変えたのです。
V字基地建設強行は「自衛隊の投入」「情報の不開示」「海上保安庁の弾圧」といった安部政権の非常に凶暴な面を見せると共にその脆弱さも垣間見えます。

政府は「どんな手段を講じても基地建設・戦争政策は強行する。今すぐに沖縄は抵抗をやめろ。」と辺野古で宣言してきたのです。自衛隊の投入はそういう意味で政府の基地建設への覚悟を見せる行動でした。

しかし、私は再度、沖縄を犠牲にして成り立つ社会に、そしてこの政府に言わなければいけない「抵抗をやめるのは政府の方だ!」と。
世界最強の軍事力・経済大国と言われる日米政府を相手に二度の勝利を収めてきた辺野古は革命的だと言えます。そしてその闘いは70年代を超える沖縄と全国をつなぐ闘いとして勝ち取られ始めています。

沖縄を含む全国の若者達は「戦争する資本の側につき滅びるのか」「この世界を獲得し、戦争のない平等な世界を創る勢力となるか」の選択肢の中で辺野古の闘いという衝撃的な事実を知り、多くの若者達が後者を選択し、辺野古へと集まってきました。

私を含む闘いを知らなかった世代が「世界を動かしているのは自分自身。世界を変えられるのも自分。」だということを辺野古で学び、自分達の地域・職場で闘いを開始しました。

V字型基地建設を阻止する闘いは違い・立場を超え、これまでにどれだけ地域・職場での訴えを継続し、仲間と向き合い、その結果、どれだけの人々が辺野古へと結集できるかで決まってくるのだと考えています。

水脈のように広がっていく基地建設を阻止する闘いはもう政府には止められない。その水脈が爆発したときに政府は「抵抗しても無駄」なのは自分達であることを知るでしょう。

この世界は決して安部や御手洗が動かしているのではない。私達がいなければ一秒も動かない世界にふんぞり返っているだけです。だからこそ、私達が国境を越えて繋がりあえば必ず基地建設を阻むことも、戦争を阻むことも、そしてこの世界を変えることさえも出来るのです!
国民に選択肢がないなかで自民党が参議院選挙で大敗したのもまたその流れを体言しています。すでに私達の時代は到来しています。今こそが最大の好機。私達が私達の手で基地建設と戦争を阻み、この世界を獲得し、変えましょう!!

最後に。

5月19日事前調査が開始された翌日、命を守る会の金城祐治代表が亡くなられました。肺がんでありました。
辺野古への基地建設を10年間に渡って阻止し続け、働き者の祐治さんはその後姿で多くの若者達を導いてきました。
私は15歳で辺野古に来て23歳になる現在までの7年間を祐治さんと共に生きてきました。私にとって金城祐治という人は父親のような存在でした。時に殴られ、共に笑い、共に泣き、共に働き、命を預けあい、たくさん苦労をかけ、対等に議論し、多くのことを祐治さんから学びました。

沖縄でバス労働者として20年余り働き、沖縄バス労働組合として闘い続けて退職した祐治さんは私に「国鉄と私鉄は闘いの両輪なり。労働者に国境はない。ひとりはみんなのために、みんなは一人のために。」と教え、労働者の素晴らしさや厳しさを教えました。そして、その力があればこの世界さえ根本から変えられると。

突然、目の前から祐治さんがいなくなった現実は私に深い悲しみを与えました。しかし、同時に祐治さんの「世界を変えるのはお前達だ」という命のバトンは私達、若い者に託されたのです。
病床に臥して、心臓が止まるその時まで私達の心配ばかりをし、基地建設を阻止することを訴え続けた金城祐治という偉大の人間の思いは7年間一緒にいた私の魂の中に刻み込まれています。
墓前で散々泣きました。涙もぬぐいました。あとは引き受けるだけです。

ご参加の皆様、私は皆様と共にありたいと願います。皆様も私と祐治さんがつないだ辺野古と共にあってくださいますか?共にあってくれると心から信じています。

私は9月から父親になります。これからの生まれる子供ため、これからの時代を生きる子供達のため、今、殺され続けているイラクやアフガン、パレスチナ、アジア、世界の人々のために全てを賭けて基地建設を阻止します。絶対に基地建設は阻止出来ます!

皆様を辺野古の海でお待ちしています。そして闘いがなくなった場でもう一度出会いたいと切に願います。お付き合いいただき、ありがとうございました。
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